Enikki
隣の火の手 W 01/03/29 |
入院の手続きも済み、病室に案内された。
先生は脅かすだけ脅かしておいて、
その時が来たらやる事をやるだけといった様子で以外と落ち着いていた。
さすがに外科医らしいと思った。
となるといくら私達が焦ってもどうしようもなく、家族の到着を待つだけだった。
消防署の救急隊員の仕事は終わった。
もう到着しても良さそうな親戚は未だ着かなかったが、私の仕事ももう終わりに近くなっている。
私は、自分の身の所在に一瞬迷ったが・・・ 思い切って帰り支度の署員にいった。
「私・・・、乗っけて帰ってくださいませんか。
只、未だ親戚の方が来られないので・・・。」
すると署員は、「未だおばあちゃんに確認したいことがあるので
先生に許可をいただいて、2,3質問させてもらいます。一緒に話を聞いて下さい。」 と言う。
救われた思いだった。
内容は、火事現場の状況の確認だった。
老女は、しっかりかみしめるように、一言ずつ思いだしながら
ゆっくりと落ち着いて質問に答えた。
署員の聞かんとするところが分かっていたので
私も、お節介に質問に加わった。彼女と話すには私の方がなれていたので・・・。
出火原因を探る大事な質問だったが、
此処では控えさせてもらおう。
ブブも怖かったろう。それに可愛がってもらっている隣の老女が心配だったろう・・・
その後、結局患者は先生にお任せして、私は老女と別れる事になった。
後ろ髪を引かれる思いだったが、今すぐにでも親戚がこられる筈と自分に言いきかせた。
8時45分。私の仕事は終わった。
家を出て2時間が経過していた。
家に帰れば、二人の大男が多分口を開けて夕食を待っているだろう。
気持ちは現実に戻りつつあった。
先生にあいさつをして、救急車に乗り込み帰路についた。
車中で署員は又最初から、私に質問を始めた。
発見の状況と、老女が言った内容の確認だった。
「ご苦労様でした。これで全て終わりました。」
・・・・ ほっとした。
今頃老女は、姉妹と心を許した話をしている事だろう。
私は署員の顔を見て、やはり心を許した笑顔を投げかけた。
署員もそうだった。
目と目が話しかけているかと思った次の瞬間、二人は我に返り
お互いに、「お久しぶりです〜。」と声を掛け合った。
「 ・・・ やっぱりそうですよね。」
すると、運転席からも大きな弾んだ声がとんできた。
「 ○○さんお久しぶりです!」
「え〜やっぱり□□君? ワ〜!久しぶり〜 」
「分かりました?」 「分かってたわよ〜 でも少し肥った〜 何年ぶり〜?」
「ボクそんなに肥りましたかね。」
やつぎばやに運転席の彼と会話を交わす間に
傍の署員は何やらノートに鉛筆を走らせていたかと思うと 「14年くらいですかね〜!」と言った。
「14年ぶり〜 カエルの歌を歌って下さったあの時の・・・・ ですよね〜
へ〜、もうそんなになるんだ〜 懐かしい〜!
そうそう □□君? あのときの彼女と結婚した?」
一気に車の中は、うって変わって同窓会?の懐かしさで溢れかえっていた。
14年程前、私達どんぐり劇場は一年間公演を休止し
揖南消防署の 「秋の火災予防週間」 に向けてのイベントのお手伝いをしたのだ。
署員の皆さんは、特訓に次ぐ特訓にめげず、
運転席の□□君など、ボク絶対やりますと、最後まで諦めずに取り組んでくださった。
非番を利用してお互いボランティアでとことん頑張った。
「走れ救急車」 「3匹の子豚」 「署長さんとヨーグルトおばさん」
大きなステージの大きなイベントだった。
私など、タイムカード作りましょうかと言われるほど出勤?した。みんないい人だった。
命を預かる仕事をしておられる皆さんだから・・・ほんとにいい人だった。
懐かしい思い出がいっぱい出て来て、つい顔がゆるんでしまう。
運転席の彼は、オオカミの着ぐるみを着て、踊って歌って台詞のある難しい主役だった。
「あれから人前で話す事に自信が出来ました。」 彼が言った。
素人が一から・・・ 誠にどうどうたる度胸だった。
それはそれは、素晴らしい上達ぶりだった。
救急車等に縁のない筈の私が、
又多くの署員がおられる中でよりによってこのお二人と
14年ぶりに救急車の中で再開できるとは・・・・ 誠に持って不思議な話しだ。
一人、救急救命士さんだけは籠の外だった。
何とも降ってわいたような奇妙な光景に驚かれたことだろう。
此処まで読んでくださった皆さんをも随分振りまわしてしまったようだ。
隣の火の手は、
我が家の三人それぞれが、最短の場所にいた事で初期消火の一歩が踏み出せた事。
火事場のバカ声体験と電話通報体験。
救急車体験と、運命的な病院との出会い。
そして、14年ぶりの署員の方との出会い。
あまりにも多くの偶然は、
起こってしまった大きな災難を最小限に食い止めてくれていた。
その度に私の心は、おののき、震え、かき乱され、安堵した。
3時間の劇的なドラマはそろそろ終わろうとしていた。
車を降りると、其処はいつもの景色ではなかった。
このドラマの幕をひいたのは、
サーチライトで生々しく照らし出された夜道だった。
完
私と入れ違いに親戚家族が次々到着。11時過ぎ気道確保の管を通した。
3月23日(金)丁度3週間後、元気を取り戻し退院となった事を
ここに御報告しておこう。
隣の火の手1
隣の火の手2
隣の火の手3