Enikki 隣の火の手 01/03/04 |
3月2日、
拙宅の東庭、土塀近くにある梅の木は火の粉を被りながら
これで咲き納めかもしれないと身を震わせていたことであろう。
この日、外出していた私は夕方雑用を片付けながら忙しく立ち動いていたが、
たまたま台所に立った時、裏口のドアを激しく叩く音がした。
ドアを開けて見ると、80近くになる東隣の一人暮らしの老女だった。
「静夫ちゃんおるか、静夫ちゃんおるか、助けて、火事や!」 と、
その声は決して大きな声ではなく、必死さだけが伝わってきた。
そのまま一連の動作でドアを開けきって見ると、家の裏、北側からも赤と灰色の煙が
2階辺りから勢いよく空高く上がっているのが見えた。
大変だ!今まで想像もしなかった光景だ。私は頭の血が一瞬ひいたように思えた。
次の瞬間、「大丈夫!分かったよ!」と言いながら一刻も早くと納屋にいた主人を呼びに走った。
血相を変えて主人は隣を覗き、すぐさま大声で 「火事や、誰か手伝ってくれー!」と叫びながら
消火栓の準備にかかった。私は主人に伝えるとすぐ119番をしていた。
「こちら、××の何番地の○○です。隣の△△さん宅が火事です。」
すると消防署員は、それについては聞き返す事もなく、 「電話番号は?」と聞き返した。
私は、自宅の電話番号と主人の名前を告げた。
「分かりました。」言い返すことも聞き返すこともなく、あっさり終わった。
本当に分かったんだろうか。10秒もかからなかった。
何しろ相手が言った言葉は、「こちら揖南消防署です」「電話番号は」「分かりました」
そんな短い電話をした覚えがなかったせいか幾分物足りなく不安だった。
しかし次の瞬間には二階にいた次男を大声で呼び、門の傍にあったホースで放水するよう指示をし、
私は水道の栓を開けた。10bほどのホースをいっぱいに伸ばすと、
隣の塀越しに火もと二階の窓に水が届いた事を確認し、
少しずつ増えてきた自主防災班の放水準備の様子を見守った。
私は頼まれもしないのに、その男達の声を拡声する役目をし、大声を出していた。
手当たり次第にやれることは、必要と思うことはやらなくては・・との判断か
いや、多分それはうろたえている証拠なのだろう。
この間、ドアを叩く音を聞いてからどれくらいの時間が経ったのか。
私には、5分くらいのように思えるのだが・・。
放水が始まった。恐怖感は未だ拭えないながら、一応に皆ほっとしていた。
ほとんど沈下した状態で消防車が来た。類焼は免れた。
我が家の連携プレーも見事だったが、ことさら私の声は見事だった。
この日、私はたまたま午前も午後も、場所を変えて発声練習をしていたのだが、その成果が出たのか
やたら下腹の支えの効いた声がお腹からずどんと頭まで太く響いて出ていた。
後で主人と次男は口をそろえて、「これまで一度も聞いた事のない声に先ずビックリした」
「てっきり家が火事かと思った。」 「隣が火事であの声は出さないだろう」等と。
私は、隣であろうと我が家であろうと、一刻も早く対処する為には
大声で知らせる事に全力を尽くす、と反論した。
しかし、私としても、聞いたことのない声だっただけに少々恥ずかしくもある。
今となっては、これが火事場の馬鹿力ならぬ馬鹿声であったのかと・・・。
続く